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Author:青木勇気
小説を出していたり絵本も書きたかったりします。物書きと呼ぶにはおこがましいくらいのものですが、物語を書いて生きていけたら幸せだなと思っています。

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FUTURUS掲載記事:「パーフェクトベビー」について

2015.02.11 12:24|雑記
子供の「眼の色や学力」を選べるだと?パーフェクトベビー論を問う

神の御業を見よ。神が曲げたものを誰が直しえようか。 - 旧約聖書『伝道の書』-



これは、1997年に上映されたアメリカのSF映画『ガタカ』(原題:『Gattaca』)の冒頭で引用された言葉だ。

『ガタカ』は、DNAの基本塩基のイニシャルで構成されたタイトルからもうかがえるように、遺伝子操作により生まれながらに優れた能力を持った“適正者”と、自然出産により欠陥のある遺伝子を持った“不適正者”との間に厳格な社会的差別がある近未来を描いた名作である。

最近では、日本でもDeNAグループの『MYCODE』や『GeneLife』など、遺伝子検査サービスは身近な存在となりつつあるが、一方で遺伝子検査の利用が進み、医療技術が進んだ先にあるもの、つまりは“パーフェクトベビー”につながることを懸念する声が挙がっている。

映画の世界が今まさに、生殖医療のビジネスによって現実のものになろうとしているというのだ。


■ 議論を呼んでいる“パーフェクトベビー”とは?

“パーフェクトベビー”は、医学の力でつくりあげられた理想的な赤ちゃんを意味して使われる言葉である。しかし、そんなことが本当にできるのだろうか。先進的な生殖医療関連サービスを紹介しよう。

国内では、Cell and Genetic Laboratory社が世界で初めて着床前診断を実施したReprogenetics研究所と提携し、冷凍保存した受精卵をアメリカに送ることで、日本にいながら着床前診断を受けられるサービスを提供している。このことにより、遺伝子疾患や流産のリスクを回避することができ、さらには男女の産み分けすら可能だという。

他にも、生殖医療における遺伝子検査が進んでいるアメリカでは、精子バンクのFairfax Cryobank社がドナーの遺伝子を事前に検査したうえで提供しているが、これも“パーフェクト”に近づける発想に思える。

事実、この会社のサイトにはドナーを探すページがあり、目の色、髪の色、血液型などを選び、該当するドナーが何人いるか検索できるようになっている。また、学力、運動神経だけでなく、趣味などの嗜好性まで選択することができるため、“限りなく理想に近い精子”を選ぶことができるのだ。

このように医療技術が進歩し、サービスが過剰になっていることを鑑みると、命の選別につながる“パーフェクトベビー”という概念が生まれるのも無理はない。手軽に精子と卵子を購入することができ、代理母が一般化すれば、両親と縁もゆかりもない子どもが生まれてくることさえあるというわけだ。


■ 生殖医療技術と生命倫理の狭間で

人工授精、精子・卵子バンク、代理出産などにより、さまざまな事情で子どもを持てない人に可能性が広がったことは素晴らしいことである。だが、そこには生命倫理という言葉がちらつき、科学の濫用ではないかという批判も消えない。

2013年4月より、妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる新型出生前診断が導入されたが、羊水検査を通して染色体異常が確定したケースの97%が中絶を選択したというデータがある。

この場合の被験者は95%が高齢妊娠だったこともあり、あくまで参考数値ではあるが、ダウン症、心疾患、発達の遅れが生じる可能性が高いと診断された場合、そのことを知った上で出産する覚悟を持てる人は少ない。仮に覚悟を決めたとしても、流産するリスクもある。

もちろん、新型出生前診断は諸条件を満たす妊婦のみが自らの意思によって行うものであり、異常があったら中絶するという気楽な検査ではない。それに、当たり前のことだが、精度が高いとはいえ100&ではない。

あくまで、もし自分の子どもが障害を持って生まれてきたらどのように迎え入れ、育児をすればいいかを考え、準備をするための検査である。決して、命の選別につながってはいけないのだ。

以前、ご子息がダウン症である日本ダウン症協会の方とお話しする機会があったが、新型出生前診断については筆者と同様の見解で、「ダウン症かもしれないから中絶する」という流れができてしまうのだとしたら、それは非常に悲しいことだと話していた。

ダウン症というと心疾患などの合併症により長く生きられないイメージがあるが、実のところ健康な人の方が多く、能力も人それぞれ違う。親にとっては自分の子供であり、“ダウン症の”とひとくくりにして語れるものではない。

本来、こんな話をわざわざ書くのは野暮なことだと思う。ただ、生殖医療技術と生命倫理の狭間にある領域が、どういう広がり方をするかによって話は大きく変わる。『ガタカ』のような未来になるのか、それとも、どんな命、生き方であろうと受け入れられる器をつくるのか。

いずれにしても、今後はより真摯に“パーフェクトベビー”問題に向き合う必要があるだろう。


「FUTURUS(フトゥールス)」に寄稿した記事を転載しています
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